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ブログに新しい絵を載せない理由


時々、古い絵を引っ張り出してはブログにあげている。
ブログを見に来てくださる数少ない方々は「新しい絵はないのか?」と思われているかもしれない。思ってないかもしれない──が

一応描いてはいるんです。毎日一枚から二枚。
学生の頃はなにかに追われるように、少しの時間も逃すまいとするかのように一心不乱に描いた。学校にいても家にいても。机の上やら、テスト用紙の裏やら。
へたっぴだったけど、どんどん上達していった。幸運だったことに美術部の顧問の先生がそれは熱心にデッサンやデザインのことを教えてくれもした。

よく『指が曲がるくらい描け』とか『描いた紙が天井に届くくらい描け』なんて言葉を聞いたことはないだろうか。
実際、それくらい描いたし、本当に中指が外側に曲がってしまった。利き腕のあらゆるところに絵を描いた時にできたタコがあった。なぜか手のひらの真ん中にもタコが……どうやら鉛筆を握った時に小指が手のひらに当たっていたらしい。

しかし、今は無くなった。ペンだこくらいはまだあるけど、紙ずれだこは消えた。

ずっとまともに描いていなかったからだ。社会人になって毎日の生活と仕事に追われるまま、びっくりするほど長い間。
描くとしたら一年のうちに数えるほど、年賀状とちょっとした落書きくらい。デザインの仕事もしていたけど、基本Macintoshの作業なので、できたのはマウスだこと腱鞘炎くらいだったし。

久しぶりにちゃんと絵が描きたいという気持ちになって、今まで怠けていたことのツケが溜まっていたことに気がついた──という話なんだけど、自分が思っていたよりずっと腕が鈍っていたのだ。

描けない。予想していた以上に描けない。もう、笑っちゃうしかない。そんぐらい描けなくなってる! 元々うまいと言えるほどの絵じゃないんだけど、それに拍車がかかってる感じだ。なにこのすごい敗北感……。

──と、言うことで初心に戻って一枚でも多くがむしゃらに絵を描くことにしたわけです。着色なんかしない。生意気な。全て描き捨てだ。

可動式フィギュアをモデルにし、雑誌の写真をモデルにし、写真や画集を気持ち悪いほど観察する。なにか、描くことの勘を取り戻せるまで、またはそのとっかかりを掴むまで、ひたすら練習あるのみ。
ある人のブログで──「絵が上手くなりたい』と他人に添削を頼んでくる人がいるけど(するけど)結局描けるようになるにはたくさん描くしかない──と書かれているのを見て心から納得する。

描こうとするものは立体物であり、なにかの塊だったりする。それを紙の上で具現化するのが絵を描くという行為なのだろう。だけど頭の中で見たものや想像したものを立体物として書き表すための変換が下手くそになっているのだ。こればっかりは他人に言葉で教えられるよりも、頭で理解するよりも、身体で覚えるしかない。スポーツ選手のように絶え間ない努力と訓練が必要だと思うのだ。
だからたくさん描かねばならない。ご丁寧に色なんか塗ってる場合じゃない。
実は色を塗るセンスも観察と訓練だと思うんだけど、B.Bの場合、新しいソフトを買ったばかりで新しいおもちゃを使いたいのと同じように、たくさん色塗りをしたくてうずうずしているのだが、そこをじっと我慢して、色が塗りたいような絵が描けるまではちょっとお預けになるかもしれない。
それほど長い期間じゃないと思うけど。

絵を描いてる間の集中力は半端なくて、眠る時間とか食事をする時間とかがもったいないくらい、時間があっという間に過ぎていく。元気な頃には三日間寝るのを忘れたくらい。とにかく楽しい。

前のようにはいかないだろうけど、今から進歩できればもっと楽しいよね。

 


──『書きかけの落書き』──
 
クリーンアップしてあちこち描き直したいが、次の絵にかかりたい。
使用ソフト: ──
BICのシャープペンReAction05、PILOTフォームイレーザー

 



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